湘南のこの海岸の標高は5.8メートルです

 東北大震災から早くも一ヶ月。ここ湘南海岸一帯は直接の被害こそ無かったものの、ニュースは筆者の心にも地震、津波の恐ろしさを十二分に焼き付けた。今まで何気なく見過ごしてきた地点に、こんな標識が立っていたことを今頃になって気づく。

 せいぜい2,3メートルかと思っていただけに、意外と高いのだ。しかし、彼の地を襲った津波のレベルを考えたら???それは「想定外」!
 今月の定点観測をこちらのアルバムに貼っておく。

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伝説の快男児バロン・サツマの「完璧な伝記」を読む

 「バロン・サツマ」とは、いったい何者?館主はフランスとはまるで縁が無く、知る機会がなかった。「完璧な伝記」瀬戸内寂聴さん絶賛!とある。伝記大好き人間としては気になる。某書店で、この本『「バロン・サツマ」と呼ばれた男―薩摩治郎八とその時代』をいつか買って置いた。積ん読状態が続いたが、今回思い切って、この400ページほどの分厚い本を通読。
 読んで、合点。日本男児ここにあり。かくも桁外れの先人が居たことは、誇って良い。近年こんな豪傑は他に例を見ない。今のカネで、600億円を蕩尽し、じいさんの残した莫大な財産を使い切ってしまったようだ。
 あまりに縁のない話のようで、読み進めるうち、実はそうでもないことを知る。だから読書は楽しい。杉村甚兵衛(おじいさん)は、蛎殻町の別荘で園遊会を催したとある。ナニ、館主が毎日会社に通う場所じゃないか。そこに6200坪の屋敷跡があったとは。
 さらに、甚兵衛は明治39年、亀戸にモスリン工場を建てたとある。何とこれまた奇遇だ、あそこで幼少時代を過ごした館主は、モスリン工場の跡地が有ったことを、この箇所で突然思い出した。何と言っても、「モスリン」なんて、今の時代、死語だもん。
 細かな部分はともかく、「完璧な自伝」であることに間違いない、と館主も思う。
 ただはっきり言って、この本は読みにくいのだ。次郎八自身の回想が不正確なことに由来するのでやむを得ないのだろう。著者は膨大な資料に目を通し、考証して、次郎八の回想の誤り、矛盾を正していくというスタイル。誠実ではあるが、本としては時に煩わしくて、面白味に欠ける。
 次郎八自身の声をもっと出して欲しかった。最初の妻、薩摩千代の描写が妙に乏しい。フランスでの後援者、オノラ総裁の死から帰国までのいきさつが少し唐突な印象。当時フランスで最高の知性を持った友人とつきあった次郎八が、帰国後何故浅草の若い踊り子と再婚することに至ったのか?どうも分からん。
 マ、しかし人生そう割り切れるものじゃないし、それだけ次郎八は波瀾万丈の人生を歩んだと言うことか。

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